水の都大阪経済ツアー

イベント

大和大学の松林先生のご案内で水の都である大阪の経済発達史を見て回りました。松林先生のプレゼミ生と回りました。

グリコ看板の戎橋からスタートし、道頓堀、大阪歴史博物館、難波宮、大阪取引所、大阪俵物会所、かき広、八軒屋浜船着場、堂島米市場、日銀大阪支店などを周りました。

大阪はそこまで馴染みがないため「水の都」というイメージはありませんでした。確かに阪神が優勝すると、道頓堀に飛び込むということが起こりますが、それは大阪のごく一部というイメージでした。

大阪歴史博物館で大阪の成り立ちをみると、古墳時代は海だったところに川から土砂が堆積し、平地が作られました。大化の改新後、難波宮が今の大阪城付近に作られ、政治の中心となりました。「日本」というのはここから始まっているとのことです。日本書紀にその名はあるものの、場所がわかったのは第二次世界大戦後と、割と最近のことです。

物品の運搬は、船を使うのが一番効率が良いので、江戸時代などに運河が整備されます。船着き場や埋め立てられたところには、芝居小屋が建てられ、その向かいには、芝居を見ながら飲食するための茶屋が建設され、文化の発展にも寄与しました。芝居では、今でいうブロマイドの代わりの浮世絵、垂れ幕、せり上がる舞台など、現在のエンタメと同じことが行われていたことを知りました。

大阪俵物会所は、乾燥フカヒレなどの干物を貿易のために集荷した場所ということです。金などの貴金属の流出を防ぐために、干物を俵に入れて輸出しました。

米相場は、世界初と言われる先物取引が堂島で行われました。現物がないなかの取引だけでなく、小口などでの取引も行われました。

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